第1話で、クリエはこう言いました。

2300年前、アリストテレスって人が『詩学』で言ったわ。物語の最小単位はね—— 『誰かが、何かを欲しがり、障害がある』。これだけ

創作論の本や動画で、何度も見かける一文だと思います。ただ、原典を開くと、この文は出てきません。

嘘を教えられたわけではありません。この定式はアリストテレスの考え方をきちんと踏まえています。ただ、言葉そのものは2300年前のものではない。ここを分けておくと、理論の使いどころがはっきりします。


アリストテレスが実際に書いたこと

『詩学』は紀元前4世紀の講義録です。悲劇と叙事詩を材料に、「面白い作品は何が違うのか」を分解していきます。

まず、物語の中心は**筋(ミュートス)**である、と断言します。

By plot I here mean the arrangement of the incidents. (ここで筋とは、出来事の組み立てのことである)

そして、筋こそが作品の芯だと言い切ります。

The plot, then, is the first principle, and, as it were, the soul of a tragedy. (筋は第一の原理であり、いわば悲劇の魂である)

ここが第1話と直結します。マナブは「千年続く帝国」「忘れられた魔法兵器」を先に用意していました。アリストテレスの分類では、それらは筋ではありません。出来事が組み立てられていなければ、物語はまだ始まっていないわけです。

さらに踏み込んで、こう書きます。

Tragedy is the imitation of an action, and of the agents mainly with a view to the action. (悲劇は行為の模倣であり、行為する者を描くのは、あくまで行為のためである)

人物を描くために出来事があるのではなく、出来事を描くために人物がいる。 クリエが「帝国とか兵器とか、そんな装飾はどうでもいいの」と切り捨てたのは、この順序の話です。

「まとまり」の定義

有名なのはこの一文です。

A whole is that which has a beginning, a middle, and an end. (全体とは、始めと中と終わりを持つものである)

当たり前に見えますが、アリストテレスはこの「始め・中・終わり」を、前後に必然か蓋然の繋がりがあるものとして定義しています。ただ時間順に並んでいるだけでは全体になりません。第3話の「王が死に、王妃が死んだ」に繋がる考え方です。

「絡み」と「解き」

第18章では、筋を2つに割ります。

By the Complication I mean all that extends from the beginning of the action to the part which marks the turning-point to good or bad fortune. The Unraveling is that which extends from the beginning of the change to the end. (絡みとは、行為の始まりから運命が転じる点までのすべて。解きとは、その転換の始まりから終わりまでである)

絡み(デシス)と解き(リュシス)。 現代の脚本術が言う「第2幕で込み入らせ、第3幕でほどく」の原型がここにあります。第5話で扱う三幕構成の遠い祖先です。


では「欲求と障害」は誰の言葉か

原典を通して読んでも、「登場人物が何かを欲しがり、障害がある」を物語の最小単位と定義した箇所はありません。 アリストテレスが重心を置いたのは、人物の内面の欲求ではなく、出来事の組み立てのほうでした。

この定式に最も近い言い方として広く知られているのは、脚本教育者フランク・ダニエルのものです。

Somebody wants something badly and is having difficulty getting it. (誰かが何かを強烈に欲していて、それを手に入れるのに苦労している)

ダニエルはコロンビア大学、AFI、サンダンス、南カリフォルニア大学で脚本教育の土台を作った人物で、この一文は彼の教えを要約するものとして繰り返し引用されています。20世紀の教室で磨かれた言葉です。

もうひとつ、よく並べて引かれるのがカート・ヴォネガットの短編作法です。

登場人物には何か欲しいものを持たせること。たとえそれが一杯の水にすぎなくても。

第1話でクリエがいちごオレを取り上げて「これだけで、立派な物語がひとつ生まれたでしょ?」とやったのは、ほとんどこの通りの実演でした。


「アリストテレスが言った」は間違いなのか

言葉としては、正確ではありません。ただし中身は繋がっています。

アリストテレス『詩学』現代の定式
中心に置くもの筋(出来事の組み立て)人物の欲求
面白さの源絡みと解き、逆転と認知欲求を阻む障害
人物の位置行為のためにある出発点そのもの

アリストテレスは「出来事の側」から、現代の定式は「人物の側」から、同じ構造を別の入口で説明しています。 欲求があれば障害が生まれ、障害があれば出来事が組み上がる。逆から見れば、組み上がった出来事を人物の動機まで遡ると欲求に行き着く。

第1話の教えは有効です。ただ、**「2300年前からそう言われている」ではなく「2300年前の考え方を、20世紀の教室が使いやすい形に言い換えた」**と捉えるほうが、実態に合っています。

なお作中の「2300年前」も、厳密には少し短めです。『詩学』は紀元前335年前後の講義とされるので、いまからおよそ2360年前になります。


原典を読むなら

『詩学』は文庫本1冊、しかも本文は100ページ足らずです。理論書としては驚くほど短い。逆転(ペリペテイア)と認知(アナグノリシス)、カタルシス、三一致の議論など、いま使われている言葉の出どころがそのまま並んでいます。

英語でよければ全文が無料で読めます。出典に挙げた MIT の The Internet Classics Archive と、原文つきの Perseus がそれです。